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カテゴリ:ばあちゃん( 3 )

ばあちゃん③

私が小学生の頃は、今みたいに暑くなかったので冬は結構雪が積もった。

そして、夏は野球。冬は、外でサッカー・体育館では卓球をした。

ある日、家に帰ったら居間に卓球台が用意されていた。

祖母は卓球が好きだったらしく、私が卓球を始めたことが嬉しかったそうだ。

それからは毎日、放課後友達が集まって卓球をした。f0005470_2024093.jpg

当時、家に卓球台があるところは

少なかった。


その頃、伯父が国体で優勝していたが、

私はそこまでなろうとは考えていなかった。

伯父のお蔭で、小学生にしては

良いラケットを買ってもらった。


しかし、祖母は私が何かやりたいというと何でもそろえてくれた人だ。

惜しい人を亡くした。'`,、('∀`) '`,、(m´・ω・`)m ゴメン…

今でも、家に帰って蔵を開けると、剣道の道具やラグビーボール・・・・・・・・・・・・etc

思い出の品ばかり。

近い内に、その蔵を壊すことになった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。マイッタ!
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by studioopsis | 2007-08-07 16:00 | ばあちゃん

ばあちゃん②

私は物心付いたときは、祖母の背中におんぶされていました。

肩越しに、パン(うぐいすパン)を、ちぎって食べさせられた記憶は鮮明に覚えています。

祖母はとても、商いに厳しい人でいろんなことを教えてくれました。


中でも、小学校4・5年生の時だったと思います。

『御釣りは必ず顔を揃えて差し上げるんだよ!』

『御釣りをもらった人も気持ちが良いし、他愛も無いことだけど

そこに気を使えないようだと商人としては、失格だからね!』


その日(小学生の時)から今日現在まで、1度もそれを誤ったことはありません。

f0005470_054224.jpg


銀行の窓口も、そのぐらいしても良いんじゃないかな!!
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by studioopsis | 2007-07-28 00:54 | ばあちゃん

ばあちゃん①

わたしは何を隠そう、ばあちゃん子だ!
母親には悪いが、母が亡くなった時より祖母が亡くなった時の方が辛く悲しかった。

祖母は、酒・タバコ・塩の専売特許をすべて持っており、商店をしていた。
祖母にとって私は、内孫の長男。お店の跡取りとして箱入りで育てたらしい。
物心ついた時は、祖母におんぶされお店のパンを肩越しに摘まんで食べさせられていた。

いろんな、エピソードがあるが、私自身1番驚いたのは、忘れもしない小学4年生の時です。
『野球をしたいんだ。』と祖母に話したら『道具を買いに行こうか?』と町のスポーツ店に一緒に行った。
スポーツ店に着いた私は自分にあうグローブを店員さんと探した。お店の人と色々はめてみて、『よし!これください。』そして、祖母を見たらそこには、バット3本キャッチャーミット・ファーストミット・その他に6個のグローブさらにベース4個を用意してあった。
祖母『これで野球ができるだろ!』
まとめ買いであった。

流石、店員さんが車で送ってくれた。
その時、買い物ってこういう感じにするんだな~って、思いました。

家について早速近所の友達と野球を始めた。
ベース類は小学校に寄付することになって小学校で保管してくれた。

太っ腹で気前の良い祖母でした。
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by studioopsis | 2007-06-30 13:04 | ばあちゃん
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